KHネオケム株式会社
鈴木信吾さん(設備保全) 46歳
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「計装の経験を活かしたい」との強い想いとコンサルタントが拓いた三重でのキャリア。
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鈴木さんは大分県で単身赴任をしていた大手エネルギー企業から、四日市に製造拠点を置く化学企業のKHネオケム株式会社へ転職。東海地方に戻るIターンを成功させた。
理想の私生活と経験を生かせるポストの両方を実現できた鍵はリージョナルキャリア三重のコンサルタントとの直接面談だった。遠方からのIターン転職活動に、どんな希望や期待を抱いて三重に足を運んだのか。
そして、入社後すぐに管理職という立場を任され、人材の育成やマネジメントを担う中で感じている課題や、転職で手に入れたプライベートの過ごし方などについて伺った。
※本記事の内容は、2026年5月取材時点の情報に基づき構成しています。
- 過去の
転職回数 - 1回
- 活動期間
- エントリーから内定まで150日間
転職前
- 業種
- 総合エネルギー業
- 職種
- 設備保全
- 業務内容
- 石油精製プラントにおける計装設備の保全業務やチームマネジメントなど
転職後
- 業種
- 化学メーカー
- 職種
- 設備保全
- 業務内容
- 化学製品製造プラントにおける計装・電気設備の保全業務やチームマネジメントなど
今まで積み上げた知識や経験を少しでも役に立てたいという想い。
現在のお仕事はどんな内容ですか?
四日市工場の設備の維持管理・改善をする部署の管理職を務めています。プラントで目立つタワーやドラム、コンプレッサーといった大型設備ではなく、さまざまな計測器でプラントの状態を把握して制御する計装と、電気の二つの専門領域を見ています。
計装は圧力、温度、流量などプラントの運転に必要なデータを正確に計測・制御する、いわゆる「プラントのドクター」的な役割です。電気はプラントを動かすための「血液」のようなもので、受電・発電した高電圧のエネルギーをプラント内の隅々まで届けるのが役割です。
計装のマネージャーという管理職の立場で入社し、その後に課長へ昇進しました。現在は15人の部下のマネジメントを任されています。
入社前のご経歴を教えてください。
工学部を出て新卒で入った部品メーカーでは、鋳造したアルミ合金を切削加工する部門に配属され、自動車部品などを製造していました。最初はライン作業から始め、徐々にラインを管理する側にまわって治具やマシンの検討、サイクルタイムの短縮などスタッフ業務を担当しました。
そこで7年半勤めた後、大手エネルギー企業に転職し、計装設備の部署に配属されました。機械系でのキャリアを離れ、一からのスタートとなりました。計測制御装置でプラントをコントロールする「計装」という言葉も、そのときに初めて知りました。
茨城県で1年半ほど経験を積んだ後、当初の希望がかなって出身地に近い愛知県に異動となりました。
転職のきっかけは?
愛知県での勤務時に結婚しましたが、勤務していたプラントの生産停止が決まり、大分県へ転勤となりました。そのため、妻は実家のある三重県津市に住み、私は単身赴任となりました。
私は静岡県浜松市の出身で、東海地方を生活拠点と考えてきたのですが、このままでは戻れる保証がないため、転職を志すようになりました。
石油業界では4年に1度の定期修理工事のタイミングで転勤辞令が出ることが慣例なので、その区切りとなる4年後をめどに、それまでは大分で頑張ろうと決めました。
転職活動はどのように進めましたか?
情報収集を始めたのが2024年の年初です。10くらいの転職サイトに登録をしたものの、当初はスカウトメールを眺める程度でした。リージョナルキャリア三重に相談してWeb面談をしたのがその年の9月。実際に会って細かいニュアンスも伝えたいと考え、11月に三重に行きました。
同じ業界でかつ経験を生かせる仕事が理想でしたが、条件を絞りすぎると三重県で見つけるのは難しい印象があると率直に伝えました。いくつか求人を見せていただき、その中にKHネオケムがありましたが、募集していたのは設備保全でも電気部門での募集でした。
電気と計装では専門が大きく異なります。「16年間やってきた計装で三重に来たい」と、コンサルタントを通じて会社側に希望を伝えてもらいました。
今の会社に決めたポイントは?
希望を伝えた結果、計装として採用してもらえることになりました。後で知りましたが、ちょうど社内で計装のマネジメント担当者の退職が決まったタイミングだったそうです。
一次面接で四日市工場長から工場の設備保全の具体的な仕組みを説明してもらうと、当時いた会社とほぼ同じ仕組みを導入していました。実はそのとき、他社の選考も並行していましたが、これを機に志望度が上がりました。
大企業からの転職なので、給料や福利厚生といった条件を比べようとはそもそも思っていませんでした。まず三重県に来たいという希望があり、自分が今まで積み上げた知識や経験を少しでも役に立てたいという想いもあったので、仕事内容の親和性を感じたことが決め手となりました。
自分で選んだ道だから、前向きな気持ちで取り組める。
転職していかがですか?
外から見ていたときはKHネオケムが何を作っている会社なのか分かりづらかったのですが、実はエアコンや車など、意外と身近な製品に使われています。主力製品の一つである多価アルコールの一種「1,3-ブチレングリコール」は、化粧品の成分表示に「BG」という表記で書かれています。
設備としての関わりでも、最終製品が社会の役に立つことはもちろん嬉しいです。ただ、私としては職場の仲間が生き生きと働けることを一番に考えています。
会社からは「リーダーポジションでの一定のマネジメント経験」を買われて、入社時は、計装チームのマネージャーという管理職に任じられました。今は電気のチームも部下に持ち、15人のメンバーをマネジメントしています。
転職して良かったと思うことは?
工場長を筆頭にスタッフ同士の距離感が近くて、働きやすい環境です。面接で聞いたとおり、会社の中でやれることはたくさんある印象でした。設備面で改善したいこともありますが、それには資金が必要です。でもマネジメントは自分の手間さえ掛ければできるので、すぐに動けます。
自分の意思を持って動けている手応えを、今はとても強く感じます。たとえ立ちはだかる壁や障害があるとしても、自分が選んだ道だから「やるか」と前向きな気持ちで取り組めます。こうしたマインドになれたことも、すごく良かったです。
困っていることや課題はありますか?
課内にはベテランの方もいますが、20代が6人いて平均年齢は若い方だと思います。若手たちが成長している手応えはありつつも、私自身が彼らときちんとコミュニケーションを取れているのかと聞かれると、正直まだまだです。1on1ミーティングの数をもう少し増やすべきだと考えています。
また、電気担当の技術伝承と、さらなる育成が組織としての大きなテーマです。一朝一夕に身につく技術ではないので、私自身の関わり方を見直して根気強く伴走していく決意です。あわせて、将来的な組織の厚みを増すために新たな仲間も迎え、より活気あるチームにしていきたいです。
生活面での変化はありましたか?
生活面で良くなったことはたくさんあります。家は職場が近い四日市市内に借りました。通勤時間は前の職場では50~60分だったのが、今は15分。津市にいる妻には用事があれば車ですぐに会いに行けます。
姪っ子の運動会に参加するなど、大分ではできなかったことができています。四日市の街はまだあまり詳しくないですが、毎日が新鮮です。すぐに名古屋に出られる便利さもあります。何かあれば実家の浜松にも行ける距離で、いろいろ融通が利くようになりました。
以前は帰省の度に飛行機の予約が必要でしたが、それがなくなったのも大きいです。こちらに転職してから、妻に「生き生きしている」と言われるようになりました。
転職を考えている人にアドバイスをお願いします。
大手の転職サイトからはスカウトメールで多数の求人が送られてきますが、応募後の対応は自分で進めることが多かったです。
リージョナルキャリア三重を選んだのは、三重という地域に根ざしたネットワークとフットワークを活かし、迅速に行動してくれるコンサルタントを求めていたからです。実際に企業へ足を運んでの深い情報収集や、小回りの利いた密なやり取りを期待していました。
結果として今の会社に希望のポストで転職できたのは、実際にコンサルタントに会って顔を見て細かい話ができたからだと思います。転職のパートナーは「自分が何を求めているのか」をはっきりさせてから選ぶべきですね。